やっさもっさ


by gnyamakkuroke

対話

草の茂る地面を斜めにとらえては弾き返されるように跳ねながら、小さな獣は闇雲に前進してゆく。硬く小さな蹄の上には折れそうに細い脛、さらにその上には極限まで撓んでは伸びることを繰り返すための発達した腿がある。
 尻のふたのような短い尾をせわしく上下させながら、あちらへこちらへとその細い足を突き立てては向こうへ跳ねてゆく小さな獣。危機感に大きく見開かれた眼球の、普段は外気に触れることのない白目部分が今は露出して赤く血走っている。制御をやめてしまったように落ちた下あごの先に泡を溜めたまま、体中を曲げ、伸ばし、曲げ、伸ばす。溢れる光に知った道を見失い、蹄が石を捉えれば体を大きく傾げたまま、それでも体が動き続けるままに足を振り回す。
 
 ときおり、追いすがる大きな獣のレンガ色をした鼻先を、前をゆく獣のそこだけ白い尻の被毛が掠める。恐怖により分泌された濃い獣臭が香れば、大きな獣はさらに力を得て、重い足の裏を地面に叩きつけるようにして距離を捕らえてゆく。

 かろがろと硬質に跳ねつづける足音に、厚い手のひらが奏でるドラミングのような重い足音が重なり、ついに大きな獣の黄色い前足が“ぐなり”と小さな獣の背筋を捕らえる。
 胴の後部を押さえつけられて尻をつくように曲がってしまった後ろ足にも構うことなく、小さな獣の前足だけはさらに先の地面を探すように打ち振られ、そこへ突き立てられようとする。大きな獣は目いっぱい開かれた前足の先を握りこむようにして、その爪を小さな獣の背に食い込ませる。
 
 大きな獣は自らの左前足の下に激しく脈動する相手の背骨の感触を覚え、小さな獣は初めて自分の体がいくつかの層で出来ていることを知る。大きな獣の爪の先がその被毛の層をやすやすと過ぎて皮膚に刺さり、ふたたび振り上げられた前足がその下の肉を引き裂いて熱っぽい骨を砕く音を聞く。
 
 大きな獣の右の爪が小さな獣のまっすぐな首筋を捕らえ、その空腹がわなないたときに、対話が始まる。

 (ああ、聞けよ。きみよ、このわたしを聞け。きみ、このわたしの肉体の下に拉がれ抗い、わたしの膂力をもって原型を失おうとしているきみよ。美しい。わたしによって、わたしのもつ肉体の力によって変化せしめらるるきみの、その肉体は正しく美しいのだ)

 (わたしはどうなるのか、わたしはどうなるのか)

 (わたしはこれが初めてではない。わたしはこうすることが初めてではないからわかるのだ。わたしの肉体の力によってその原型を失うきみらは、ただの一度しかそれをしらない。きみらは初めてだから、わからないのだ。わたしを聞け。わたしの肉体の力がきみの肉体をやすやすと切り裂き、思うさまおしひろげ、ほとばしる血と肉とに口をつけて、きみを食らうとき、わたしの肉体がきみの肉体を変化させ、わが身のうちに取り込んでゆくそのとき、わたしはきみらをほんとうに美しいと感じているのだ)

 (わたしはいまいるのか、わたしはいま)

 (わたしよりも力のないきみよ、きみとて知っているだろう、きみの肉体の力によってやすやすとそのかたちを変化せしめらるるものの、そのときのそのさまを。きみがいつかその口で捕らえ食した低い木の若葉があるだろう。きみがその肉体の力で噛み砕き原型を失わせるそのとき、きみはそれを美しいと思ったのではないか。これほどまでに、この自分によって変化し、もともとの形をそこなわれ、きみの内在へと変質したものへ、かなしくいとおしい、美しさをたしかに感じたのではないのか)

 (芳香、やわらかな若葉、わたしはそれを口に入れ、噛み砕き、知った)

 (わたしによってそこなわれ、ちらばり、わたしの内在となりつつあるきみとその肉体よ、正しく美しいきみよ)

 (わたしとなった若葉、わたしではなかったそれはわたしによってのぞまぬ変化を強いられ、わたしはそれをのぞむ。わたしは変化をもたらす。わたしはおもうがままに変化をもたらし、その若葉を美しいと知った)

 (きみは、わたしにとってとても美しい)

 (わたしにとって正しく美しい若葉)

 (弱いものよ、わたしは羨望とともにきみの美しさを食らう)

 (美しい若葉)

 

 
 大きな獣の黄色い前足の下に動かない小さな獣の肉体が横たわり、対話は始まりと同じように終わる。大きな獣は、その日のいのちを得る。
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# by gnyamakkuroke | 2008-12-17 02:06 | 魚影

決めたのよ

 “好き”である、という気持ちを人に伝えるのは、このうえなくややこしい。
 “可能性”という言葉の意味が、本来の意味を大いに逸脱してなにやらポジティブなイメージを付与されているのと同じくらい、“好き”と言葉に出すことは、なんかもうヤんなる面倒さをはらんでいる。
 「その好きはどういう好き?」とは、この世で最も不粋な類のアレだと思う。アレ。説明を求められた瞬間に“好き”は成立しなくなるじゃないか。私はそう思う。
 だから、聞かない人が私は“好き”だ。
 それでも、聞かないと分かっている人にでも伝えるのが面倒臭い。
 大体、こういう気持ちというのは、その立ち位置たる座標を非常に移ろいやすくて、 自分にだって「こうこうこういうわけで私はあなたをこういう具合に“好き”」だなどと定めることなんかできはしないのだ。

 知らんがな、好きやねんし、まあそういうこっちゃ。

 では道理が通らない人の世であるらしいが、されば私は人でなし、そんなんはどうでもいい。不定形な自分の心を認めて受け入れるくらいの器量は持っていたいのです、こんな器の小さな私でも。気持ちを名付けて限定することほど傲慢な行動はないと思う。そういうの私は大嫌いだ。

 しかし名付けられないものが存在しないというわけではない、むしろ名付けられないことでその振る舞いはより生き生きと自由になるんじゃあないのか。私は私の心には常に十全に活動していてほしい。時としてそういう心は、自分で自分に必要な答えを見つけて来たりする。
 その心そのものが問いであり、答えである幸福な例。

 このひとつき、悩み抜いたことに答えが出た。
 答えに理由がいるなら「だって“好き”やしぃ。」で十分じゃあないか。
 少なくとも私自身はそれで十分です。イエイ。
 

 
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# by gnyamakkuroke | 2008-11-09 22:11 | ぽっつり

近所のおばちゃん

実家がすぐそばの幼馴染みに赤ちゃんが生まれた。
 彼女の実家から頂いたお祝い返しは、聞いて驚け「とらや怒涛の三本セット」であった。ものすごいお金のかけかただと思うが、それだけ初孫は可愛いのだ。こちらだってとっても嬉しい。うちの一本を持って、お茶の先生のところへご機嫌伺いに出かけた。
 

 先生はおととしの大病のあと手術を経て、奇跡的にお茶のお稽古を復活されたのだが、この夏の暑さでばてて以来、体力がもどらず、結局またお稽古は休止、となってしまった。生徒一同、新しいお点前を習うのを楽しみにしていたところだったので、なんとか先生に負担のかからないやり方で月に一度でも勉強を続けられないか、相談しているところだ。
 
 「いつでも遊びにいらしてや」との先生の言ではあるが、いくら暇だからと言ってのこのこ顔を出したのではご迷惑かと考えたけれど、お芝居の稽古中などお稽古にも行けずにいたし、今回のとらやの羊羹は都合が良い。引越しが完了したばかりで、何かと訪ねてゆく理由が揃ったので、今日の昼過ぎに電話をかけて、四時ごろに伺います、との約束を取り付けたのだ。

 照紅葉かなんか、そんな名前の季節もの一棹風呂敷に包んで、川沿いの桜並木を見ながらプラプラ歩いて行った。紅葉した虫食い葉を五、六枚摘んで、お仏壇のおばあちゃんへのお土産とする。

 歩行者用白線沿いに桜の並んだ道の端は、ガードレールを挟んでせまい露地のあと、5メートルほど落ち込んで、どぶ川になっている。
 この川は古川という名前の用水路で、暗渠になったり地表に現れたり、網目状に周辺の農地を走っている。自動車で20分ほどかかる伏見区の端っこを走る用水路にも古川という名前を見たことがある。おそらく、我が家の周辺から北西の全域をカバーしているのだと思う。そういう、やや由緒正しき老舗用水路なのである。
 
 その古川の、10メートルほど離れた対岸にはやはり幅のせまい通路があり、その向こうは崖状に住宅の裏側になっている。通路はコンクリで固めてあるが、ところどころに謎の横穴が開いており、土砂が詰まっているようだ。
 その横穴を、二人の小さい子供が懸命に掘っていた。少し離れた橋の上に、彼らの体つきにしてはやけに大きな自転車が二台、放置してある。端のガードを乗り越えて通路に降りたらしい。

 特になにも思わずにそこを通りすぎて、先生のおうちへ向かった。昼に電話で声を聞いたときには元気がなく心配だったが、迎えてくれた先生はそれなりに顔色もよく、ただふた月前よりは少し痩せていらした。
 最近の出来事を少しずつ話す合間にも、先生はたびたび「もうお稽古はねえ、こうなるとあかんわ」と言うのだが、心配したような悲観的な様子はなく、さすが女子中学高校で定年まで英語教師をされてきただけあって、乾いた楽観的な調子に私は少し救われた。
 
 私は、子供のころからどうも思うように体が動かないことがたびたびある。現実感が薄れてやや離れたところから自分を見ているような、主体たる自分のすることなすこと、きちんと把握できるにも関わらずどうしようもなく遠いことがある。
 これには、おそらくちゃんとした病名があるのは分かっているのだが、幸か不幸か私はそれを自分なりに分析することも、対応することも出来てしまった。いまさら初対面の他人から処方された薬を飲むような気には全くならないし、困ったときはひたすら困っていればいいのだ、というような諦めも身に付いている。

 “Don't put off till tomorrow what you can do today.”

 今日、先生は体調がよければ教え子達の同窓会に出席する予定であったそうだ。当日の都合でもいいから、とにかく教え子達は恩師に出席してほしかったらしい。しかしここ最近は一日のうちでも体調に変化があるため、大事をとって欠席とされたそうだ。
 “Don't put off till tomorrow what you can do today.”とは、教師時代の先生の口癖で、生徒達は未だに、挨拶代わりに、
 「先生、Don't put off till tomorrow what you can do today. ちゃんとやってるで!」
 と言ったりするらしい。今朝、最終確認をしてきた教え子さんも、電話口でこのことわざを口にしたという。

 「今はね、そう思っても体が動かない。」
 という先生の“動かない”と私の体の“動かない”は、根本的に、なにもかも違うものだろう。動きたい気持ちと、ままならない体。対して、いくらでも動ける体を動かす心の不自由。さて。さて私は。

 午後五時を回って、先生のお宅を辞してきた。お土産にツワブキの花と葉をいただいた。飛び石に片足をのせ、蹲の奥の石にもう片方の足をかけて、薄暗くなってきた庭で腰をかがめ何本も何本も、切ってくださった。私は羊羹を包んできた風呂敷にそれを包んだ。
 「フキの匂いがするでしょう。それもね、食べられるそうですよ、私知らなかったけど」
 と先生がおっしゃった。

 帰りにも同じ道を通る。
 いきしなに横穴の土を掘っていた子供が、まだ同じ場所にしゃがんでいた。子猿のような小さな背中が暗がりに溶けてしまいそうだ。甲高い声だけがさっきよりよく響いている。
 一度何気なく通りすぎたが、どうしても気になって、小走りにそこへ戻った。

 「これ!ぼくら、もう暗いからはよ帰らなあかんよ、足元気ぃつけてはよ上がっといで!」

 と声をかけた。

 「はーい!」

 と予想外のお利口さんな返事をして、ふたりの子供が通路を橋の方へ小走りにかけていく。途中一人が蹴躓いて、ひやりとした。
 私、完全に近所のおばちゃんやなぁ、と思う。
 
 動く体を動かす心が不調だ、とは誰に聞かせてもまともに取り合ってはもらえないだろう。こうやって、近所のおばちゃん役をやって楽しめるのも、それが今ひとときのことだから、とよく分かっている。自分にとって大事な話に返事もなにも出来ずに、ぐずぐずとなにかの役割らしきことに興じてみたところで、私の体は動くようにはならないだろう。
 多分、今日、明日のうちに何かが決まるのだ。
 いくら心がぐずったところで、体のほうがせっついているのを感じた。
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# by gnyamakkuroke | 2008-11-01 19:38 | できごと

新しいテーマ

あまりにも傷つきやすすぎる。

「傷つきやすい」というフレーズに、何か修飾的な意味を持たせる気は毛頭ない。
文字通り、神経質に過ぎる自分にもはや辟易している。


理不尽なものごとに対して全力で向かっていってしまう性質は、うんと子供のころから変わらない。変わらないどころか、自分にとっての正解は指で作ったわっかを通る程度だったものからヘアピンの頭程度、針の穴程度、とピンポイント化して狭まってゆくばかりだ。

おそらく、思春期という時期は、そういった性質をなだめすかす方法を得るための時期でもあるのだと思う。
ある程度強靭に、場合によっては多少鈍磨させることも有効であるかもしれない。

私はそれをしなかった。
出来なかったのかどうかは今となってはわからないが、とにかくそうしなかったという自覚だけはある。
そうしないという選択肢よりほかに何か違う方向性があったのかどうか、ともあれ、見つけることができなかったという事実こそが才能の限界や自身の本質を示しているのだとは思う。

私は、他者の、本来あるべきではない捏造された優越感(それは、いわれのない言葉で相手を貶めるという設定により、無理やりに作り出された優劣に基づくものである)と、こちらの反応を推し量った上で甞めてかかっても平気だろうとの不遜な判断の上にとられた行動に非常に敏感に反応する。
そのことを指摘し始めたが最後、追及の手を緩めることはない。

本当はどこにも存在しないその優越感の、からっぽであることを暴露して相手の鼻先にグリグリと突きつけるようなやり方で、叩きのめす。
「プライド」などという間違った名づけをされているその精神構造を本人の前に並べあげつらう。


そこまでせずにはおられない。
そして、そうまでせねば、いや、したところで結果的には何も理解しない他者が数多く存在する世界と、
そこまでせずにはおられない自分自身とに絶望に近い感情を持つ。

世界に傷つく理由はなんなのだろう。
何を認められたくて私はそんな風にいつまでもこの世界に絶望し続けているのだろう。
このままでは生きていると言う事実そのものが危うい。
なんにでも理由を欲しがるような性質ではないが、生きていて、死なずにいるという継続のための理由は必要である。
生きることは必然でなければ恐ろしく辛いことだと思うのだ。

私の中には、まだ、何か自己愛的な卑しいものがひっそりと息づいているのではないだろうか。
それを白日の下に晒さなければならないと思う。
時間を掛けてもやりおおせなくてはならない仕事だ。
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# by gnyamakkuroke | 2008-09-29 01:02 | 潜行

とんでもないこと

出掛けに家の中をジタバタと走り回る後ろに電話中の母の声

もう二十何年かいな
あの子が6歳のときやから

なんてこつた親って子供の年で出来事を覚えているのか

だから先立つのは不孝なのだな
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# by gnyamakkuroke | 2008-09-09 16:58 | ぽっつり

秘めろ!

ぽっちり出た結論で、ついでにツヤツヤになることにした。

何のことかって?それは秘めるところや。いのちがけで。
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# by gnyamakkuroke | 2008-09-04 04:34 | なきごと

こうもり

二階の部屋に当たる西日に近頃よく救われる。

夏至をすぎてずいぶんたって、今日はみなと神戸花火大会だそうな。

夏というもんはたぶん、花火大会があちこちで勃発する時期より以前を言うのだ。少なくとも私の夏はもう、私を置いて往きかけている。

その証拠が西日だ。



夏は今加速しているように見えるけれど、もうすでにアクセルを踏むのをやめているじゃあないか。
地熱で温まった畳が一日で一番熱くなるころ、私の座敷はとっくに暮れ始めているじゃあないか。

だから私は、畳の目の痕がついた顔を上げて、追い立てられるように二階へあがる。
西向きに大きな大きな窓のある二階の部屋はまだ、昼間のような顔をしてくれるので、
私は救われて立てたひざの裏から流れるほどの汗を滲ませる。


終わるな。終わるなら私を置いて往くな。
三十歳といつかの夏休みはこうして繋がる。




西日に慰められて元気が出た私は、家中の床を綺麗に拭きあげる。家の行水だ。安心して体中からスポンジのように汗をかく。それから、丹念に虫除けを塗って庭に水をまく。虹を作って西日に合図を送る。
電灯を点けない静かな廊下は庭より少し夜なので、私はいい匂いのする香を焚きながら手に持って、家中を隅から隅までパトロールする。家に魔法を満たす。

そうしてようやく、夜が来ることを許可してやれるのだ。




今日、田んぼの横をまっすぐに突っ切る道で、広大な夕空を見た。
私を慰めてくれる西日は、こんないい仕事もしていたのだ。
のうぜんかずら、きょうちくとう、むくげ。
たくさんのこうもりが、地面に溜まり始めた暗がりに魔法を満たそうと急いでいた。
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# by gnyamakkuroke | 2008-08-02 22:13 | 魚影

少女、遠きにありて。

 幼馴染みの友人がいる。
 彼女と私は思春期の頃、同じような憧れの対象を持っていた。
 『少女』という、漠然とした、お化けめいているとも感じられるような概念と、それを体現するような外見を持つ人、行動、そういった物事に対して、憧れると同時に同化願望を持っていたのである。
 ところが大人になってから私は、彼女が、私こそその遠い憧れの最も身近な体現者であると思っていた、ということを知らされた。
 しかし残念ながら、当時の私は、自分自身を掘り下げる集中力など皆無の、常に他の子の動向ばかりが気になるような、おまけに気にするだけでいつも読み違えるような無粋なガキであった。その自己評価は今も変わることはない。
 他人はおろか自分にさえ興味が無い、あまつさえ嫌悪感すら抱いていると思しき、『少女』という特別な存在を、想像し近づこうと試みるも、当時の私(と友人)は、いつも本質を捉え損ねては失敗し、嫉妬したり憧れたりの一連の徒労を演じていた。
 私達は、どちらもそんなごくホコリ臭いノーマル田舎娘であった。
 私に至っては、友人がなぜか私をしてそう思い込んだような特別な『少女』であったどころか、本当は、そういう『少女』が描かれた物語を理解する器さえ持たなかった。いつも、ヘボくてダサくて頭の悪い実体験を通してしか世界を学びとることができず、学ぶ事柄はとても少なかった。

 私は、いついかなる時も特別であったためしがないし、今も昔も私に天然物の『少女』の才能は無い。

 この年にもなってみれば、それでもどこかしら変わることのない『少女性』を持っているのはむしろその友人のほうであると私は常々感じているのだが、彼女が先日私に本を貸してくれた。『ユリイカ』という絶対に自分では買わない本の別冊で、矢川澄子という人を特集した号である。
 私はこの人の名前すら知らないし、セルフポートレイトらしき表紙の表紙の写真を見てもいくつくらいの、いつごろの人なのかもわからない。
 「澁澤龍彦の最初の奥さんやねん」
 といわれてようやく、年齢の見当が付いたくらいであった。
 自慢にもならないが私は、私たち世代のアート好みなインテリたちが必須の教養であるとしている類いの、つまり『澁澤龍彦』という名前が象徴するような、そういう著作を全く読んだことがない。なぜなら、手にとるのが恥ずかしいからである。某チェーン展開サブカル好き御用達書店に平積みになっているような本は既にマイナー文化ではないと思うのである。そのアイデンティティの置き所が気に食わないのである。
 それに、読んでもたぶん訳が分からないから邪魔臭い。自分よりか頭のいい他人の構築した概念を拝読するよりも、白人のやさ男が香港で九龍城砦に閉じ込められるサスペンスの方が単純に愉快なのである。
 作品の置かれている状況とその質は別物である。それは十分に分かっているつもりだ。しかし、偽装も稚拙な他人のマイノリティ願望に甚だ手厳しい私は、自分こそ紛れもなくそれに冒されているくせに、いやそれだからこそ、その手の知識を一切持ち合わせていないのである。
 
 とはいえ私は借りてしまった以上その本を読むわけである。隅から隅までとはいかないが、全体の20分の1程度は拾い読みするのである。
 
 ……。

 物凄い文字数を割いて、多くの人が矢川澄子という人について知っていることを書いていた。しかし他人によって語られたその人というのは、ちっともその人であるように思えないもので、私はイライラと退屈した。
 評論は嫌いだ。そういえばこの雑誌のサブタイトルは「詩と評論」だ。

 それでも、伝え聞きであろうと本人の言葉というのはいつも、本人らしいという点において魅力的であると思う。
 『私が澁澤を好きになった理由は色の白さと鼻の高さ』
 だなんてのは、内容はともかく具体的でよい。
 一方、具体的というなら、写真というのもそうではあるが、そこにはあまりにも想像を許す隙がありすぎる。私はともすればそこに写っている人を嫌いになってしまう。いけないいけない。写真は見るだけにしなくては。

 本にはもちろん、矢川澄子という人が書いたものも併載されている。なるほど、これは友人が私に読ませようとするわけだ。世界の隅々へ投げ掛けられては反射し返って来る視線の、その投げ掛け方はたしかに、この矢川澄子という人と私の間に共通するものがあると感じる。
 ただしこの人のは恐らく天然物だ。私のしたような泥臭い反復学習を経ずとも、物心ついた時点でドップリ周囲をファンタジーに染め上げてしまうほどの『少女』であったに違いない。

 人は自分に似たものを好むというが、自分の方こそが"似たもの"である場合には、自分を偽者たらしめる対象を憎むものであろう。私は少しずつ、矢川澄子という人を嫌いはじめていた。私など、この人の書いたものの一つも読んだことがないというのに、すでに何番目、何十何百何千番目のこの人にすぎないじゃあないか。そう思う事は私のような人間(どのような、とは書きたくないけれども)には最も堪えがたい事なのである。

 やたらな文字数を誇るその本も終わりに近付いて来る。

 矢川澄子の写真も年配の頃のものが増えはじめた。年経てしまった女性の姿は私から相手を憎む原動力を損なう。私の憎しみが揺らぐ。

 と、目に飛び込んで来る一文。
 "71歳、黒姫の自宅にて縊死。"
 
 突然鈍く光る石の拳を眼前に突き出されたような、呼気の逆流する感覚のあと、ひろがるひろがるひろがるひろがってくるこれこれこれはなんだこれは。

 自分の望みは無言であるという(そしてそれは私自身も常々願っている事であり、だからこそ自分が偽者になってしまう状況が憎いのであるが)、矢川澄子のこの選択の示すもの、何も言わぬとは、それは何も言わせぬということでもあるというのか。
 そうなのかもしれないが、何なのだ、何なのか、私は、私は私は、この羨望をどうすればよい。

 『反(アンチ)』は、『非・反(ノット・アンチ)』ありきのスタンスでしかないとは分かっている。だからここから先に書くことは、いつか忘れ切るつもりである。
 
 私は絶対に首をくくったりなどしない。命に重いも軽いもあったもんではなくそれは権利と義務のバランス内において実行可能か否かの選択であるというだけの事だと思うが、ではそうであるなら私は権利を放棄し義務に大いなる比重をおいて生きることにする。
 私は、こんなに私を羨ましがらせる人を絶対に好きになったりはできない。悲しいほどさもしい、性根の腐った凡人である。
 私はそれでも私になりたい。『少女』を遠く羨望のまなざしで見ながら決してそうなり得なかった自分は、『少女ではないなにか』にしかなれないしなるつもりはないのである。少なくとも、私は、嫌悪感を漠然とした好意や憧憬などにすり替え自己の一部として過ごしてゆくような不誠実なことは、するまい。
 私が私になるためにこの感覚をしっかりと受け止めよう、そう思った。そう思う自分を自覚した。

 後日、友人にその本を返したときには、ありがとう、としか言えなかった。それでも、面白かった、などといういい加減なことを言わなかった自分を、すこし評価できる気がした。


※参考文献※
『ユリイカ―詩と批評 (第34巻第13号10月臨時増刊号) 』
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# by gnyamakkuroke | 2008-07-22 23:47 | 潜行

メモ

・物語を生命讃歌に帰結させることは簡単なことだ。そうするためのありとあらゆる手段は、すでにこの世に数多く用意されていて、語り手はそれらを注意深く配置するだけでその普遍的で単純な帰結を感動的な物語へと昇華させることができる。一人の人間のうちにおいて考え抜かれた結果でなくとも、忌憚なく安全な生命讃歌は時に人を安心させ生の続行を可能にさせる光明となりうる。
しかしそれは自覚的な場合においてのみ一時的に肯定して受け入れることが許される類いの事柄である。無自覚のうちに、それら形骸化した"誰かの思考の痕"のようなものを、現時点での自前の信念か何かと考え違いをしてしまうことは甚だ不細工な思考停止であると思うのだ。
物語とは、断じて読み手にそのような「思考停止状態」をもたらしてはならないものであると私は考える。

人の本質のひとつは「問うこと」であると思う。

そもそも人は、自らの性質や癖などを本人の「特質」であると多分に信じすぎている。実際にはそれらは、環境や経験により得たり得なかったりしたあらゆる事柄の現時点での顕れ方のひとつにすぎない。
ただの「状態」にすぎないものを自らの「特質」だと信じ込むことにより、人は多くの思考を必要としなくなる替わりに、糞の役にも立たぬ執着を得ることとなる。「こうでなければ自分にあらず」という幻想を貫くべく、そのために生じる衝突や不都合にいちいち係わり合いにならずにはおられなくなるのである。
人は、できれば「信念」や「自意識」を損なうことなく保持したい、というようなことを、薄らぼんやりとながらも常に感じている生き物であるらしい。
それは、人が自らのこしらえた「社会」において、「自己実現」を最上のこととする習慣を、もう長らく持っているせいであろうと思う。
唯一無二の個性であるところの自分というものが、自分らしくありつつ社会の内側において、望ましいかたちでの自己実現をはかる、
それこそが「社会人」たるもののまっとうな身の処し方であると信じられて久しい。
しかしそれらは、偉大なる(かどうか知らないけれど一応の敬意をこめてそう呼ぶものであるところの)先人たちが長年に亘って次世代へと受け継がせることに成功した「常識」であり、極端な言い方をするならば、宗教における「教義」と大差ない事柄であると思う。
ならば、現在の人の社会を作りあげている屋台骨の大部分は、長らく詳らかに検分されるこのとなかった得体の知れない異物ではないか。
これは言いすぎだろうか。言葉にするとどうも大げさでいけない気がする。
なんにせよ、われわれの大半は、過去に疑ってみたこともないであろう事柄ばかりを自らの「信念」や「常識」として飲み込んでいるということになる。

しかし、人の本質には「問う」ことがあると私は思う。問い、思考し、認識した結果がどのようなものであろうと、それこそそこには「個人差」というものが発生するのであって、どのような結果を得ようがそれを他者が忖度する筋合いはどこにもない。(思考の結果に基づいての「行動」には「責任」というまた別の筋が現れるが、それに関してはここでは言及しない。)
そうであるからこそ、それ以前の未分化の心理状態を指して「個性」とでっち上げるのは実に不誠実な態度ではないか。
何に対しての不誠実さであるかって?知性ある「人類」として生を享けたこと、に決まっているではありませんか。
物語にもし役割があるとすれば、それは人を「自らをして問いである自己に気付かせる」ことであると思う。そして願わくば、新しい方向へ向けたその体を少しだけそちらへ押し出すような力を持っていてほしい。
これ以上、甘やかされた常識に安住するような物語をわれわれは持つべきではない。
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# by gnyamakkuroke | 2008-06-20 17:43
きょっ


繋がるほうか繋がらないほうか
選んで繋がるほうにしたわけは

きょっ


必殺お香の煙に取り紛れてひつっこく(夢ですけど)キスをしたためなので
いつかおみやげですなんつって

きょっ


甘い匂いのする箱を渡された時はハハァンと思ってくださいな
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# by gnyamakkuroke | 2008-06-16 19:19 | 魚影